今年はダイエットしよう!とか
今年は早起きしよう!とか
今年は資格試験に向けて勉強するぞ!とか
目標を掲げたものの、途中で断念してしまい、「できない理由」をくっつけていませんか?
※沖縄の道路で見つけたフクロウの灯籠
できなかったら、「できない理由」を後からくっつける
目標、目的がないとなかなか動けない私であります。
だから、この資格をとるぞ!とか、この勉強をするぞ!とか、片付けを習慣化するぞ!とかetc・・
自分に、目標を課しています。
そんなに難しいことはしていません。
ただ、一度何かが起きると、ずるずるとしなくなってしまう性格のようで、できないことについて、後からくっつけたように「できない理由」を見つけてきているようです。
たとえば、早起きをして資格試験に向けて勉強していたのですが、4月からなかなか早起きができない日が続いております。
早起きをしようと思えばできる状況ではあるのですが、「できない理由」を探しています。
高校生になった息子が、部活や塾を終えて帰ってくるのが10時を過ぎてしまい、それを待っていると、寝るのが11時を過ぎてしまうのです。
だから、寝るのが遅いから、朝早起きできない。
と自分で「できない理由」を見つけてきて、起きれなかった自分を慰めています。
一度目覚めて起きられるのに、起きないのは、自分のせい
しかし、それを自分で正当化しようとして、
息子の帰りが遅い→私が早起きできない
と、「できない理由」を探し出してきます。
最近はこれが慢性化しつつあり、自分でも反省しております。
「できる」と決め、「できない理由」を排除する
1時間寝るのが遅くなったくらいで、早起きができないわけがないのです。
力仕事をしてくたくたになっているわけでもなく、昼間にめいいっぱい仕事をして、ストレスでつぶれそうになっているわけでもなく、日々追われる仕事があるわけでもなく・・・
と考えていくと、早起きできないことはないのです。
「できる」のです。
寝る時間が遅くなると、ちょっぴり眠たいですが、できます。
やってきたことがあります。
だったら、「できる」。
二度寝するときに自分に言っている言葉があります。
「寝るのが遅くなったから、早起きできなくてもいいよね・・」
ではなく、「寝るのが遅くなったけど、早起きできるよね」
です。
「早起きして、勉強できたら、もうけもんじゃない」
「勉強できたら、その分自分がちょっとばかりでも、成長できるんだよ」
と、言えるのではないでしょうか。
できなかったことについて、あとから「できない理由」を探してきてくっつけていることはありませんか?
それは、「できる」ことではありませんか?
「できない理由」を排除することはできませんか?
今、できなことがあるのであれば、「できない理由」をくっつけていないかちょっと考えてみませんか。
【足あと】
昨日は、月に一度の美容院でした。
いつもパワフルな同級生に、美容院に行くたびに元気をもらいます。
あ~こんな自分じゃいけないや~と
怠けている自分を反省したのでした。
【昨日のにっこり】
同級生に会ってパワーをもらったこと
やる気が出ると、体も元気になったような気がしたこと
痛かった喉がようやく治りつつあること